本計画の起源は1950年代後半に遡る。その主たる目的はソ連との広大な国境の防衛に置かれていた。装甲の構成に特徴があり、車体は溶接を基本に組み上げつつ前面のみ傾斜の効いた大型の上部装甲板ごと鋳造し、砲塔も溶接を原則としながら防盾の両脇に鋳造式のブロックを配置するアイデアが採用されている。攻撃面では砲塔後部のスペースを活かして自動装填装置を搭載する予定となっていたものの、試作車輌の製造には至らぬまま1970年に計画が打ち切られることとなった。
車長
無線手
こちらのパラメーターは全搭乗員の職能レベルが100%の場合の値です。