T-34-85の後継車輌を生産するため、ポーランドで進められた中戦車の開発計画の1つ。ソ連の装甲車輌製造技術を下地として、既存のデザインに独自の着想を加えることが意図されていた。1968年、ソ連中戦車T-55の量産がポーランドでも開始されたことに伴い計画は中止され、試作には至らなかった。
車長
無線手
CS-59 I
GTD-M2
R-123P
CS-59
100 mm armata wz. 58
CS-59 II
SGT-3Cz
R-123C
CS-59M1
100 mm armata wz. 62
105 mm armata wz. 59
こちらのパラメーターは全搭乗員の職能レベルが100%の場合の値です。