Ermelinda Jungの日記より抜粋
《アライアンス》がエリートの集まりというのは、本当かどうか疑わしい。懲りずにまた挑んでこようとしているのだから。いったい何を期待しているのだろうか。《論理的思考》が身についていないとしか思えない。少しは強くなったのかもしれない。でも、それだけの時間があれば相手も強くなることが分からないのだろうか。あるいはそもそも、決して埋められない力の差がある、ということを理解していないのかもしれない。かたや《世界的エリート結社》とは名ばかりの官僚主義的なお役所組織。かたや名実ともに物理学や機械工学を牽引する科学者の一家。地位だの収入だののために組織が用意したポストにしがみつく小市民ごときが、さらなる英知を求めて未知の領域へと踏み込まんとする人間にかなうわけなどない。けれども、小市民には分からない。俗世間しか知らないから。
私はついに新兵器を生み出すことに成功した。大量のエネルギーを消費するだけに、「ジェネレーター」もゼロからデザインしなおした。低軌道衛星を経由して集めたエネルギーを地上に放射するシステムを実現するのは、それなりに大変だった。そんな超兵器を1輌の戦闘装甲車輌で起動できるようにするには、さすがの私でもかなりの時間が必要だった。けれども、ついに完成した。パパの「Blitzträger」に負けない、あの車輌に相応しい私の超兵器が。はるか上空から愚かな人間を見下ろし、一瞬で焼き尽くす。名前は……「ヒュペリオン」にでもしようか。まずは完成を祝おう。「哨戒車輌」にシャンパンを持ってこさせなきゃ。
Hannelore Ritterのボイスジャーナルより抜粋
Ermelindaは可哀そうな子だと思う。そんなことを言っても大抵の人は理解できないかもしれない。頭がいいうえ、見た目もあか抜けている。そのうえまだ若いにもかかわらず、天才の名を欲しいままにしている。憐れむどころか、妬んだり、あるいは羨む人の方が多いかもしれない。けれども、他人の羨望の的になったからといって、幸せになれるとは限らない。承認欲求は、誰かに認められれば認められるほど貪欲に燃え上がる炎のようなものだ。自分自身に対する確固たる自信や信念がなければ、いつか焼き尽くされてしまう。ここをどう乗り越えるかで、あの子の今後の人生が大きく変わるはずだ。きっと辛い思いをしていると思う。私もかつて経験したことだから想像がつく。いや、彼女の方が辛いかもしれない。聡明であれば聡明であるほど、簡単に自分を騙せてしまうものだから。あの子は、新たな知見を求めてやまない。未知への飽くなき探求心は、一見するとあの子の長所のように思えるかもしれない。けれども、実際のところ、あれは天才の名を欲しいままにした父に認めてもらいたいという承認欲求の現れに過ぎない。自分の探求心を引き合いに出して、他人を《小市民》だの《俗世間》だのと見下すのがその証拠だ。《人類の未来》だとか、《科学の進歩》といったあまりにも大きな大義名分を掲げるのも、そうした外的な名目がなければ、自分の行動に確信が持てないからだ。少なくとも私はそう推測する。なぜなら、私が《アライアンス》に加入したのも、世界を救うためには妹を止めねばならない、と思ったからだからだ。そして私は、自分が立案した作戦が採用されるのを嬉しく思い、新隊員のJanaが私に認めてもらおうと努力する様を見て喜んでいる。あの子と何も変わらない。だからこそ、想像がつく。
それでも、世間一般の基準に照らせば、私たちは《神童》になるのかもしれない。ドイツ風に言えば、《ヴンダーキント》だ。《ヴンダーキント》同士の喧嘩はタチが悪い。場合によっては、ちょっとしたケガどころじゃすまないからだ。Ermelindaは、恐らく自分の発明の危険性をちゃんと理解していない。あれは大量破壊兵器以外の何物でもない。いいえ、それ以上かもしれない。そんなものがたったひとりの一個人の手にあっていいはずがない。もちろん、複数の人間が管理するならば絶対に安全なのかといえばそんなことはないのだけれど。人数が増えれば増えるほど、どうしようもない人間が混じりこむ可能性は高くなる。《アライアンス》も例外じゃない。私自身も道をあやまらない保証はない。事実、かつては私も野望に燃え、満たされぬ承認欲求に苦しんだ過去がある。けれども、それを乗り越えて今があるのだ。
長々と語ってしまった。結局のところ、私は妹を救いたいのだ。《アライアンス》からだけじゃない。あの子を幻想から解放してあげたいのだ。《アライアンス》はあの子を恐れている。恐れすぎているといってもいい。けれど、本当は他人を傷つけるような子じゃないのだ。もしかしたら、姉として、そう信じたいだけなのかもしれない。あの子は甘えん坊だった。破壊兵器に「ヒュペリオン」なんてつけるのがいい証拠だ。父……。あの子はいまでも《パパ》なんて呼んでいるけれど、あの人は北欧神話に傾倒していた。けれど、あの子は小さい頃からギリシャ神話が好きで、タイタンやらミノタウロスやらについて、声に出して読んでくれといつも私にねだってきた。文字が読めるようになってからも、それはずっと変わらなかった。周りの子たちが絵本を読んでいる時、あの子はすでに父の本を読んでいたけれど、それでもギリシャ神話は私に読んでもらいたがった。ギリシャ神話は、私たちの絆なのだ。
Ermelinda Jungの日記より抜粋
ちょっと厄介なことになったかもしれない。《アライアンス》にはお姉ちゃんがいるらしい。お姉ちゃんは、人を心を操る天才だ。私の姉でありながら、《アライアンス》の連中に受け入れられているのも不思議じゃない。勉強では負けたことは一度もない。けど、人の心をつかんで、思い通りに動かすことに関しては、お姉ちゃんに敵う気がしない。でもね、さすがに《アライアンス》の一員になるのは、やりすぎじゃないかな。冗談じゃすまなくなっちゃうよ。ただ私を叱りたいならともかく、私たち一家の夢に、人類の未来に立ちはだかるなら、お姉ちゃんだろうと黙って見過ごすわけにはいかない。相手にしてあげるわ。久しぶりの《姉妹喧嘩》を始めましょ。