Return of the Waffenträger - 真相

片眼鏡が上手くはまらない。Von Kriegerは片眼鏡を外すと、机から眼鏡を引っ張り出してかけた。まだ学会で自分の正しさを証明しようと奔走していた頃に使っていた、年季の入った眼鏡だ。その頃からはずいぶん視力が落ち、レンズの度が完全に合っていないが、目の前の資料を読むには充分だ。

「ふん、素人どもめ」

von Kriegerはそう呟くと資料の山から1枚の文書を手に取った。

まったく、人の名前すらろくに書けんのか。仮にも公式の文書だろう。『Max von Krieger(またの名をvon Hoffman)』だと?これではただの亡命した研究所の助手ではないか。私はMaximilian Leonard von Krieger-Witthoffen、リーデンスブルクの由緒ある男爵なのだ。同盟のやつらめ、私が何年やつらのために働いてやったと思っている。だがまぁ、『ハーリヤ隊』の能無しにとっては、高貴な名は長すぎるようだな。

Von Kriegerは耳にかけていた鉛筆を手に取ると、文書に目を戻して再び読み始めた。長年の研究や調査で活字に目は慣れていたが、読んでいる文に合わせて鉛筆を動かす癖は未だに抜けないようだ。

「『1900年生まれ』よし正解だ。『ミュンヘン工科大卒』『機械工学部』が抜けているがまぁいいだろう。どれどれ……学位、雑誌への掲載に特許……悪くない。だいたいは合っているようだな。個人的な情報には興味がなく、学会での実績や論文ばかりを気にするところが……やつららしい。」

短く息を吐くと、片方の口角を釣り上げて皮肉そうな顔をした。

「『Max von Krieger……ニコラ・テスラやトーマス・エジソンの発明に影響を受けた』……『影響を受けた』だと!?もちろん彼らの発明には詳しいが、私の発明は独自のものだ!電力に詳しいからといって『テスラに影響を受けた』とはなんたる暴論!『ゼウスやトールに影響を受けて雷の研究をした』と言っているようなものではないか!」

一文字読むごとに表情が変わる。今度は深くため息をついた彼は、机の端に置かれたマグカップを乱暴に取り、冷めたコーヒーを口に含んだ。Ermelindaが朝淹れてくれたものだ。コーヒーはvon Kriegerにとって恐らく唯一の悪い習慣となっており、コーヒー無しでは集中して仕事を進めることができなっている。冷めて酸味が強くなったコーヒーをごくごくと嚥下しながら、さらに文書を読み進める。

「あぁここに同盟と私との関係が書いてあるぞ!」

von Kriegerは皮肉っぽくわざと高らかに言った。

「『ハーリヤ隊』の犬どもにどんな嘘を付いているのか確かめてやるか、どれどれ……80t以上の重量を持つ戦闘車輌の製造に関する禁止を破った』もちろんだろう!それ以外にどうすれば「グングニル」を戦車に搭載できると思っているんだ?《Opel Blitz》か?それともやつらの軍用車輌のどれかを使えとでも?『プロジェクトの進行を意図的に妨害し、技術的な文書のほぼ全てを抹消した』……だと?」

ここまで読むとvon Kriegerは急に笑い出し、手に持っていた文書を机に投げ出した。

「本気で言っているのか?抹消した?ハーッハ!私は何も『抹消』などしていない!同盟の上層部は自分の犬に本当のことを言えないんだろう。犬から信頼を失ってしまうかも知れんからな!」

天を仰ぐように挙げた両手が、部屋の照明が当たらない暗い部分へ消え見えなくなった。

「必要な文書は自分用にコピーをとって、それ以外は簡単に分からないようデータの改ざんをしただけだ。やつらは私が用意した間違い探しを解けなかったらしい。ここの計算式では『10』を『0.1』に差し替えてある。この回路図も色々と改変したし、設計図面の数字も変えてある……まさか改ざんすら気付けなかったのか?あの間抜けたちは2年間も私の改ざんに気付くことなく、成功するはずがない研究を続けたんだ!」

薄暗い無機質な部屋に笑い声がこだまする。あざ笑うかのような、長い笑いが。

2年間も間違いに気付かなかった。その間に私は研究を進めることができた。2年もあれば、同盟によって没収された研究の穴埋めをすることくらい容易かった。この施設すら一から作り上げたのだ!そしてここも間もなく大規模な進化を遂げる!私は……いや『私たち』は同盟の素人たちが何年かかっても作れないような、破壊不能なバリアを開発したのだ!」

机に向かっていたvon Kriegerは薄暗い部屋の隅に顔を向ける。

「よくやったぞ。よくこの調査書類を手に入れてくれた。最高の贈り物だ。この書類が今証明してくれた……やつらの研究は何一つ進んでいないことをな!なになに……『未婚、子どもなし』だと?なぜこんな情報まで『ハーリヤ隊』に与えるんだ?役に立たないどころか全くの嘘だ。お前の母さんが知ったら思わず笑ってしまうだろうな。」

 

Von Kriegerはコーヒーをもう一口飲むと、部屋の隅をじっと見つめた。暗く気付きにくいが、Von Kriegerの視線の先には人影がある。この部屋にはもう一人、Ermelindaがいたのだ。

「やつらがなぜ私たちを見つけられないか分かるか?やつらは知らないのだ。堅苦しい組織の外の世界を。そして今私たちがいる世界、部分空間のことをな。お前も知っての通り、私の技術は単純に瞬間移動するだけではなく、部分空間に好きなだけ留まることができる。やつら素人には想像すらできないだろうがな。言うまでもないが、今までの研究も全てこちらへ移したし、研究所そのものもこちらに持ってきている。やつらは表の世界でしか私たちを探せないのだ。そしてやつらがこちら側へ来る手段はない。やつらは、私がわざと "戦ってやっている" ことにすら気付かないだろう。」

Ermelindaを見つめる目つきが険しくなる。

「今までの2度の対戦は全て私が意図的に引き起こした。研究を進めるために必要だからな。研究の最終テストだったという訳だ。そこへやつらが『ハーリヤ隊』を送ってくれた。そしてお前も哨戒部隊の実戦導入テストを行えた。同盟のやつらは知らないうちに私の研究、引いては世界のための科学の進歩の手助けをしてくれていたのだよ!2度もやつらを出し抜いたんだ!今回も部分空間の中に潜んで、必要な研究を進めることができる。伝書鳩でやつらに感謝状でも送ってやろうか。今回取得した情報を基にいくつもの技術的な問題の解決策を見つけることができた。難攻不落の『アズガルド』を離れるのは残念ではあるが、ここなら技術者たちの楽園を一から築き上げることができる。我が学者人生の夢がついに現実となるのだ……」

Von Kriegerは少し黙ると、散らかった自分の文書を机にしまった。

「やつらの最大の欠点がなにか分かるか?私を人類共通の敵だなどと馬鹿げたことを行っているところだ。」

Von Kriegerは机の少し離れたところに置かれたVillanelleからの手紙を、大事そうに別のフォルダーに入れた。

「私が相手をするのは同盟のやつらだけだ。やつらが私を裏切り、人類の進歩のために研究を進める機会を私から奪った報復も兼ねているのだ。またやつらと戦うことになるかどうかは分からないが、これだけは信じてくれ、我が娘よ。」

目を細め、祈るような小声で語りかける。

「もうすぐ準備は整う。そしていつの日か《Blitztrager》は歴史に名を残す。私たち親子は教科書を始めとする様々な文献に載り、ミュンヘン工科大に再び招かれ、人類史上最も偉大な人物として称えられる時が来る。それまでは……研究を進めよう。」

その目に光は無く、ただただ暗い色をしていた。

「あぁ……すまんがコーヒーを淹れてくれないか?」

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