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日本の戦車にスポットを当てて、ご紹介をするイラストコラム 「イラストで知る日本戦車」 。第11回は終戦直前に完成したと言われているが、写真や詳細な図面、資料もほとんど残っておらず、謎の多い幻の軽戦車「五式軽戦車ケホ」の姿を野上武志先生に描いて頂きました!
日本陸軍の軽戦車は、中国大陸での戦いを念頭に置いて開発されたものであり、歩兵支援能力が重視されていた。
中国には敵戦車はほとんど出現しないので、理にかなった要求であった。
しかし第二次世界大戦が始まってみると、陸上戦闘では戦車が戦力の中心であることに疑いがなくなる。
こうなると「軽戦車の仕事は歩兵支援」と割り切れなくなってしまう。
そこで戦車戦を念頭に置いて1942年に開発が始まったのが五式軽戦車ケホである。
対戦車能力を重視していたことから、主砲にはチハ改や一式中戦車チヘと同じ一式四七粍戦車砲を採用していた。
ただしケホ車に搭載されたのは短砲身型である。砲口初速は原型の810m/sから740m/sまで低下したものの、反動による後座はかなり抑えられた。
砲塔スペースを考えれば妥当な選択であっただろう。
そうでなくても、ひと目で分かるように、ケホ車の砲塔は車体と比べてアンバランスに大きい。
また車内容積を増やすこともケホ車の課題となり、懸架装置も車外に出すことになった。
当然、防御力は悪化するわけで、せっかく懸架装置を内蔵式にした九八式軽戦車の後継としては残念な仕様である。
重量も九八式軽戦車より3トン近く増加しているが、機動力の点では履帯幅が50mm増やされて300mmになっている。
エンジン出力も20hpほど増加しているので、機動性の低下は許容範囲であっただろう。
実はケホ車についてわかっているのは、これくらいのところまでだ。
製造は日野重工で請け負い、試作車両までは完成してはいるものの、設計図がすべて破棄され、完成車両の写真も一枚も残っていない。したがってWorld of Tanksに登場するケホ車は収集できる限りの資料を元にしつつもWargaming社が独自に再現した軽戦車ということになる。
今後、奇跡的に新資料が発見されれば、ドラスティックに変化する可能性もある。
ちなみにケニ車とケホ車の間には二式軽戦車ケトが存在する(イロハ順なら二式がケホになるはずだが、この混乱の原因は不明だ)。
実は当初Tier IVにケト車が入る案もあったが、性能変化が小さいために見送りとなった。ただしにケト車はオミットされたわけではなく、ケニ車とモジュールの組み合わせで再現できるようになっている。
これだからWorld of Tanksはやめられない。
解説文:ウォーゲーミングジャパン ミリタリーアドバイザー 宮永忠将 / Phalanx
ミリタリーアドバイザー 宮永忠将 / Phalanx の活動は Facebook ページでも配信中!
どもです野上です。
五式軽戦車は実は恥ずかしながら今回、絵のお話を頂くまで、存在自体を知りませんでした。こんなのつくってたんだ…。
そもそも試作車が1両だけしかないじゃん。まさに幻の戦車ですね。
というわけで実戦で活躍した絵が全く思いつきませんでしたので、もし幸運にして戦火に邪魔されずに生まれてたら、神社でお祓いとかしてもらったんだろうなあと妄想に妄想を違法建築いたしまして神社で記念写真、といった絵にしてみました。
ところで日本帝国陸軍の軍服はマント使うと一気にかっこよくなりますね。
なんだかんだいって、日本人の体型に一番合う軍服デザインなんだなと思います。